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先ほどまでの演奏会場は、一転ダンスホールへと様変わりしていた。
2階のバルコニーから様々なカップルが階段を降りてくる度に歓声や、嬌声や、笑いが飛び交う。城の主も会場に現れ、ダンスの曲がそろそろ始まろうかというその時、最後の一組が緋毛氈に足を乗せた。
彼らが提出したカードは、薔薇の刻印と、伏せられた一枚。
その麗々しさに、ざわついた会場が一時声を失う。
やがて楽団長が咳ばらいを一つして最初の曲を始めるまで、美しい金髪と黒髪の二人組への注目は途絶えることがなかった。
それでもダンスパーティーが始まってみれば、結局はそれぞれに変装したり普通に正装した“男女”が手を取り合って踊るのであり、けれど神父であるシェラは誰と踊るつもりもなく壁際で不思議な光景を眺めていた。
その横でゼフォンも供されたグラスを手に、大人しくシェラの後ろに控えている。
特に興味もなさそうに会場を眺める無表情で、彼が幾度も華やかな場を経験してきたことが見てとれた。その場慣れた様子に魅かれてか、先ほどからドレスや男装で着飾った女性達がちらちらとこちらを見る。
「踊らないんですか?」
引く手数多だと暗に示せば、
「貴方こそ踊ってくれば宜しいのでは?」
と、これもまた興味の薄い口調が返る。
彼にはそもそも、人間の、普通の女性と交際する気が無いらしい。
お酒は入っているけれど、本当に持っているだけのグラスを揺らして淡々と切り返す。
「あくまでご厚意での招待なんですよ?第一、私に声をかける人なんて」
居るはずもありませんと続けようとしたのを遮って、ゼフォンが片眉をひょいと上げ、シェラの手からグラスを外す。
「それはどうでしょう」
「え?」
す、と目の前に出された白い手袋があった。
「どうか一曲」
髪を束ね、丈に合わせて作らせたのだろう男装は凛々しく、けれど女性らしさを引き立てる華やかさがあった。
笑いかける笑顔にも物怖じする気配がなく、むしろ自分より男らしいとさえ感じる。
「では、私は邪魔ですね」
「え、待っ」
言いかけて、反射的に何を言おうとしていたのかと立ち止まり、はっと気づいて女性の方に向き直る。
その動きに辛抱強く差し出したままの誘いの手を一度降ろして、礼儀正しくあとずさり、けれど残念そうな表情をのぞかせて首を傾げる。
「まずかったかしら?」
「いえ、お構いなく」
きっぱりと言い放てば、まぁ、と可笑しそうに笑ってシェラが差し出した手を自然と上に、自らの手を下にして重ねる。
驚く表情をさらすシェラをよそに、跪いた女性は堂々と手の甲に口づけた。
「では、どうか最初のお相手を」
結局、頼みこんでエスコートはシェラがすることになった。とはいっても、男性側も出来るから安心なさってと告げられ、遠慮がちに女性の腰に軽く手を添えただけで、あとは自らステップを踏み、方向さえも変えてくれているようだった。
その配慮はありがたいのだけれど、自分が女性にエスコートされているように感じてしまって情けない心地がする。やっぱり、こういう場所には来るべきでなかったのかもしれない。そう思った矢先のこと、
「神父をしていらっしゃるのでしょう?」
「ええ、こういう場は不慣れなので」
すみません、と小さく謝ると彼女はゆるりと微笑んだ。
「構いませんの。それよりも、今日限り、彼女達を許してやってくださいね」
踊りながら辺りを見渡せば、あちらこちらで目くばせをし、恥ずかしそうに笑いかける男装の女性達と目が合ってしまう。
「あの・・・異性装のことでしょうか?」
頷く代わりに、彼女は艶やかな流し目でギャラリーを牽制する。
「文句は、殿方からしか声をかけられない風潮にお言いになって」
今日限り、今夜限りの自由と腕の中の麗人は歌うように呟く。
その物言いで、彼女がこの城の女主人であると知れた。
「貴女は、」
不意に小節が途切れ、明るい調べがホールの色を塗り替えていく。
挨拶をかわして、彼女はついと手を離した。
「貴方と踊れて、今宵は幸せでした」
遠ざかっていく背中を不思議な想いで眺めていると、リリーよりは少し年かさの女性が、かちこちの口調でダンスに誘ってきた。揺れるブロンドのもとで、ギリシャ風のドレスが男装とも女の装いともとれる美しいプリーツを揺らしていた。
どうやら自分にダンスの申し込みをしたい女性は大勢いるらしい。
うわぁどうしよう。あと何回踊れば帰れるんだろう。
視線の先で、今度は青いドレスの女性に声を掛ける凛々しい女主人と見て比べ、小さく笑んで可愛らしいお嬢さんの手を取った。
「では、参りましょうか」
そうした遊びが短い舞曲に乗せて行われて、何曲目のワルツだろうか。
ふと、群衆の中、すれちがうゼフォンの長身に気づいた。
ああ、彼も踊っていたんだと、思うと同時に相手に目を遷してぎょっとする。
あのガタイの良さはもしかして、
(お、おとこのひと・・・?)
しかも、驚いたことにゼフォンとつりあうほどの美男子がドレスを着ているから、周囲も感嘆の声を上げるばかりで誰一人として咎めない。一体どちらがリードを取っているのかと見れば、流れる様な自然さで交互にエスコートしあっている。
身長もさほど違わない二人が時折周囲に聞こえない声で会話をかわし、優美極まりない笑顔を見せる、その様子に黄色い声が飛んでいるらしかった。
「あら、あちらの殿方達、まるで絵のようね」
「ええ、まぁ・・・」
(・・・一体何がどうしてああなっちゃたんだろう)
妙に楽しそうな表情で踊っているゼフォンの神経など考えたくないと首を振って、シェラは奇妙な光景からそれとなく遠ざかった。
やがて楽団の手が休まり、夜も遅いことを告げるカリヨンが鳴り渡る。
「皆様、これが今宵のパーティー最後の曲となります。どうぞ、悔いを残されませぬよう」
女主人の張りのある声がホールに響き、拍手と喝采と讃辞とが贈られた。
連れのパートナーと踊るのか、前の曲を踊った女性はにこやかに会釈をして離れていった。
立ち仕事には慣れているものの、踊り疲れた足が少々痛い。
壁際に戻ってゆっくり見ていようかと踵を返したその時、
「美しい方、どうか私と」
腰に置かれた手の重みに馴染みの感覚。
いつもの高さを振り返れば、そこには深い夜色があった。
「・・・どちらがエスコートするんです」
「もちろん、私が」
その言葉にどんな微妙な反応を返したのか、自分でも気づかないまま次の言葉が続く。
「カードをお貸ししたでしょう?」
う、と返答に困って視線が固まるシェラに、形だけは紳士的に手を差し出す。
「この曲、だけですよ」
差し出された手に手を重ねれば、長い長いラストダンスが始まる。
ぴたりと寄せられた身体を離さないのは、それがワルツの調であると知っているから。
俯いた姿勢で視線を逸らしたまま一歩踏み出して、流れるままにホールを渡っていく。思っていた以上に巧みなリードに悔しくなりながら重ねた指先を睨む。
「まだ先程の事を怒っているんですか?」
「怒ってなどいません。ただ」
「ただ、何です?」
「あなただけパーティーに出れば、あんなことしなくても良かったでしょうに」
ずっとどこか片隅に引っ掛かっていた疑問符を、ゼフォンはあっさりと笑い飛ばした。笑うとは言っても、身を寄せた人にしかわからない程度の呼気であった。それでも、数秒後にシェラの耳元で放たれた一言よりは大きかったのだろう。
「踊る相手が居なくては意味がありません、よ」
本当に小さな声で囁かれた一言だった。
帰りの馬車の中、聞きたいことは幾つもあった。
けれど、聞けることはそう多くない。
「あの時のカード、あれは偽装だったのですか?」
「ええまぁ、時間があったので作ってみました」
これですかね。と手渡された紙きれに目を近づける。
何をどうしたものか、いっそよく出来すぎていて怖いほど本物そっくりの焼印が茶色のインクで再現してあった。
「だから入口で平然としていられたわけですか」
半ば納得に近い調子の問いには答えず、ゼフォンはさらに一枚のカードをひらつかせる。
「そちらは結局、使わずに済みましてね」
「え?・・・ではあなたのカードは」
詰め寄ってカードを奪おうとした手に、予想と反してあっさりとカードが手渡される。
あわててめくる小さな札の表には薔薇の文様があるはず。
「うそ、ですよね・・・」
そのカードには薔薇と百合、そのどちらもが刻印されていた。
トランプで言うなら、変幻自在のジョーカー。
いかにも偽物じみた気配のする紙一枚手にして、彼は悪魔めいた笑みを浮かべる。
「正真正銘、本物ですよ」
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