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昔の夢を、見たらしい。
濡れた目元に、涙の跡があった。
悲鳴を上げずに済んだのは、僕が少しは強くなれたから?
あの頃の僕には、声がなかったから?
それとも、
「・・・・・・帰らなきゃ」
ぽつりと呟くと、答える声があった。
「まだ、鳥も鳴いていませんよ」
夜明けには程遠いという声で、部屋の中を見渡す。確かに、まっくら、だった。
月明かりさえ見えないから、今日は曇りか雨かもしれない。
でも、なんだかそれにしては暗すぎるような・・・?と思いかけたその時、
後ろからほの温かな体温に抱きすくめられた。
布越しの、人間よりも少し低めの体温。
幸いなことに今朝は、僕も彼もちゃんと服を着ている。これがたまに僕だけ何も着ていなかったり、二人してそんな状態だったりするから困ってしまう。だいたいそんな時は、体中がだるくて、夜の間にあったコトがまばたきの間に浮かんでくる。
嫌だ、って言ってるのにゼフォンがしたこととか、触れながらからかう声だとか。
体中の血が熱くなって、頭がくらくらして、呼吸するだけでつらくて。
そう、今みたいな状態で、
「ってゼフォン、あなた僕に、何を・・・!?」
「だってまだ夜ですから」
うなじの辺りに唇を寄せて、彼はさらりと流した。軽い音を立てて吸われた肌が、おどろくほど敏感に反応して、全身にじれったい電流を流す。身をよじって逃れようとすれば、それだけで腰のあたりに熱が溜まる気がした。
おかしい。変だ。
だって僕は今起きたばっかりで、夜は何もしていなかったはずで。
じゃあどうして、こんなに?
すっかり上がってしまった息で、シェラの唇が「どうして」と動く。服の上から胸元を弄るゼフォンの指先が、弧を描いて赤く腫れた箇所をくるくると通り過ぎた。シェラから見て左から右へ、器用に鏡文字の単語が綴られる。
“Nightmare”
音のないシェラの問いを受け止めたのか、ゼフォンの返事はそれだった。
夢の中で、シェラは歌っていた。
歌いながら、体を弄ばれていた。
無理やりに奪われて、
欲しくもないものを与えられた。
幾本もの手が身体を苛んだ。
快楽もあったのかもしれないが、
それさえも苦しかった。
けれど、それがただの夢でしかない事はわかった。
変なジョークみたいな翼が自分を包んでいたから。
翼はずいぶんくすぐったくて、そして心地よかった。
「随分苦しそうだったので、少しだけ手伝いを」
いつもの人を馬鹿にしたような声でなく、穏やかで、思案げな深さでもって付け加える。同時に少しだけ、シェラを抱きしめる腕には力がこもった。
溶かすようにそっと撫でられたところから、ゆっくりと熱が伝ってくる。どうやらゼフォンは、悪夢に苛まれる自分を彼なりのやり方で助けようとしたらしい。ゆるゆると閉じられていく目蓋は、温かな安堵に流されていたいみたい。
このまま、キルトの中で、彼の腕の中で、安心したまま居られたらいいのに。
そんな想いが指先をかすめる。
かすめて、もどかしく震えて、力をなくす。
大切な人の無事を確かめるような仕草。
そう。だって、これは“彼”のためにしたコトだもの。
ゼフォンにとって、僕は単なる身代わりのお人形なんだから。
それなら、どうして?
どうしてこんなに、胸の奥が・・・?
ため息は結局、“わからない”に変わって空気に溶けた。
コントロールの利かない体で、ベッドに腕をついて起き上がる。
「要りません。離して下さい。帰ります」
「まだいいでしょう。もう一眠りなさい」
「嫌ですよ、だいたいこんな状態で寝られるわけないじゃないですか」
「じゃあ今からすればいいじゃないですか」
「・・・ッ冗談言わないで!僕は嫌です」
上掛けにくるんで引っ張り戻そうとするゼフォンにあらがって、シェラはぐいぐいとキルトから這い出そうとする。そうしてしばらく二人とも譲らなかったが、均衡を崩したのはゼフォンだった。眠気で不機嫌そうな表情のまま、何を思ったか、キルトを持つ手をひょいとゆるめる。
「ぅわ、っ!」
キルトごと放り出されたシェラの体が、勢いよく天蓋のカーテンからはみ出した。
そして、シェラは見た。
「・・・・・・・・・・朝、じゃないですか」
とても綺麗な朝焼けの光を。
fin
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