-1-
その日の議題は、ここ数日延々と話されている、シェラとゼフォンがどうやったら仲直り出来るのか。だった。
正直、おれはリルと話せればそれで良かったんだけど。
「だからー、リルは何か方向がおかしいんだってば」
「じゃあどうしたら二人が仲良くなれるっていうの?」
「よく聞くのは”共同作業”、ってやつかな」
「あ、そう。よく効くなら丁度いいわ、それで決まり!」
「えええ!?ちょ、ま、リリーさん何か誤解して」
「さて。ふっかけに行くわよ」
「それが嫌なら、私にケーキの作り方を教えて!ってゆうか教えろ今すぐ」
指一本びしぃっと突き出して、けんか腰で教えを請う娘の前に、
これ以上なく厭そうな面持ちの男が突っ立っている。
「なんで、あなたなんかに」
「教えてくれなかったら、さっきのこと神父様にバラすわよ」
ドアの影からいつでも逃げ出せるように構えた青年が、ごくごく小さい声で「この人、鬼かなんかだ」と言った。
そんな恋人のつぶやきを無視して、気の強そうな瞳で目の前にいる獲物だけを睨む。
睨まれたほうは、仏頂面のまま淡々と言葉を返す。
「・・・私が作ったほうが、間違いなく」
「じゃあ作って」
(・・・・・・それは教えてっていう最初の方針からずれまくっているよ。
)
「リル、おれ、確かに共同作業とは言ったけどさ、リルまで参加しなくていいんじゃ」
ってゆうか、リルが主体になる必要ないし。
と、続けようとした青年の言葉をぶったぎって、
「じゃあアリエルも一緒にやってよ」
「はぁ!?なんで俺が」
「見張ってなきゃ、あいつ、何しでかすかわかんないんだもの」
「だから良いんじゃないの?」
対人関係って事件事故で深まっていくものだと思っている、行き当たりばったりの少年的思考をしたアリエルは、何がいけないのか理解できずに首をかしげる。
「駄目っ。絶対、駄目。・・・・・・むしろ許さない」
後半が危険なかんじになっているのが、遠くで遊んでいる子供たちにも伝わってしまったらしい。一瞬、遊びの手が止まるのが見えて、アリエルと呼ばれた青年がわけもなくぶんぶんと手を振る。
「わかったよ、見張ってるから安心してリルはリルの仕事を」
「ああそうだ。」
リルと短く呼ばれた娘が、ぽん、と手を打ち鳴らす。
「神父様に服プレゼントするんだっけ」
「・・・・・それ、いつ行くの?」
「明日よ」
あっさりと返される答えに、アリエルが困った顔で続ける。
「・・・・・ケーキ作るのは?」
「明日」
はっきりと断言してから、む、と唸ってリリーが眉間に皺を作った。
適当に予定を立てていたものだから、いつのまにやら見事なダブルブッキングが出来上がっていたようだ。
「プレゼントは基本だけど、ケーキが無いと、去年と同じになっちゃうし」
でもどっちもやりたいし。
数秒間唸った後、そうだ、と手を打ち鳴らす。
晴れやかな顔で、彼女はこう言った。
「今流行の分業制を導入するのよ!」
「それ、すごいのか?」
「で、君だけが生贄にされた、と言う訳ですね」
悄然としてエプロンをつけるアリエルを鼻で笑って、黒髪の男は手際よく食材と器材を棚から取り出していく。結局、服はシェラとリリーが買いに行くことになり、アリエルは大昔の元上司と一緒に誕生日のケーキを作る羽目になった。
正しい共同作業も、都会で流行っているらしい”ぶんぎょーせー”もよくわからないまま、性格に問題の多すぎる年上なんかと、ケーキ(しかもたぶん自分の分は無い)を作るなんて。
「・・・・・・リルは、やっぱりシェラの方が好きなんだろうな」
「まるでファザコン娘の彼氏を見てるようで、うざったいですよ」
天秤の調整をしながら、アリエルの方などちらりとも見ないで暴言を吐くゼフォンの口撃の一言にむっとする。
「創世から今の今まで、視界も、頭ん中も狭いゼフに言われたくない」
口を尖らせて言ってやれば、その程度のことかとあしらわれた。そうしている間にも、粉を篩い、卵を片手で軽く割って、溶かして、型の準備をし、
「ゼフォンすげー・・・」
熟練したパティシェみたいな手さばきに目を丸くする。
目の前で手際よく展開されている調理を、手伝いに来たはずの自分が全く意味ない気もしたけれど、なんだか、よくわかんないけど、すごいものを見てしまった。
可能な限り近くで見ているアリエルの鼻先をかすめて、ゼフォンの手が動く。
「これくらい、何回かやっていれば出来るでしょうに」
「ゼフォンは菓子作ったことあんの?」
興味深々で目をきらきらさせて聞いてくる青年に、小麦粉か何かぶちまけてやりたい気分になりながら、作業のスピードをまったく緩めずに、とりあえずの解説をしてやる。
「最近、自宅で作る需要がありましてね」
「え、内職でもしてんの?」
堕天使がケーキ屋の内職をしているだなんて、天界で噂になったら面白いことになりそうだ。
「それで日銭を稼いでるわけがないでしょうが」
もはや、呆れたとさえ呟かない元上司にちょっとがっかりする。
何故かアリエルの脳内ではブルーの水玉模様が入ったエプロンをつけたゼフォンが、忙しそうにケーキを作っている様を思い浮かべていたものだから、その残念さはけっこうなものだった。
「じゃあさ、なんで菓子なんか作ってるんだ?」
わっかんないなー、とぼやいて盛大に首を傾げるアリエルに、ようやく手を止めて、ゼフォンが深くため息をつく。
「・・・・・・“歌を歌った後の甘いものは、とても美味しい”らしいので、ね」
謎の多い元上司は、自分でも困ったような表情をしながら、眇めた目で穏やかに答えを言ってくれた。
その口調が何やら不思議な響きをしているものだから、自分にはまだよくわからない事を言っているのだと思った。それから、歌を歌うのはシェラだから、きっとシェラに食べさせてあげているのだろうと、とりあえず要点だけ理解した。
(なんだかんだ言って、この二人、意外と仲良しなんじゃないの?)
Copyright(c) vois99 all rights reserved.