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久しぶりに、神父様と一緒に町まで出かけた気がする。
大きな街の素敵なウィンドウショッピング、には程遠いけれど、孤児院の子供達の笑い話をしながら歩く町の中は楽しい。
今日のお目当ては神父様の服。
手で数えたら指が余ってしまうほどの枚数しか持ってない、すかすかの衣装棚。その事は、神父様の部屋に忍び込んだことのある子供達の間でよく話題になっていた。
子供達に少しでも良い暮らしをさせてあげるために、神父様は自分が必要なものまで我慢する。子供達が何度言っても、怒っても、ぐれてみても、天使の笑顔でにこにこ笑って
「皆のうれしそうな顔が見れるんだもの、シャツぐらい古くても全然気にしません」
って、きっと本気でそう思ってるんでしょうけど、
でもやっぱり、何箇所もほつれて別の布があててある服なんて・・・・・・見ているこっちがつらくなってくる。だったら孤児院のみんなから神父様に服をプレゼントしよう、という計画が出来てから、はや半年。普段の生活と、季節ごとに起こる事件、はやり病、気付けば神父様の“誕生日”が迫っていた。
今月こそは!と意気込んで、リリー指導のもと内職と手伝いに奔走したおかげで、なんとか目標の額に手が届いたのが昨日のこと。4日前に酒場と宿屋の両方を掛け持ちした時など、忙しくて死ぬかと思ったけれど、人間やれば出来るし仕事って以外と舞い込んでくるものね、と妙に関心してしまった。
ともあれ、神父様に服をプレゼントする準備は出来た。
「それでは・・・・・・これなんてどうでしょう?」
「神父様、それ、女物」
棚から一枚引っ張り出した服を見てぎょっとする。
「だって、リリーの服もそろそろ増やしてあげたいですから」
にこにこと笑う、優しすぎる親代わりの人に軽く頭痛を覚える。自分達に親バカしてくれるのは、とってもありがたいんだけど、時と場合によるってこと知らないのかしら。
「・・・・・・いいから、それ、置いて。神父様が着るもの買いましょうね」
ケーキをパン焼きに使う竈にセットするのを見届けて、アリエルは片付けの済んだ机のふちにひょいと座った。積んであったお菓子の本を手にとって、絵の刷ってあるところを目当てにめくる。
「こないだ、またケンカしたんだろ?」
「・・・・・・余計な事ばかり覚える頭ですね」
「だってシェラ泣いてたし」
リリーが怒ってたし。
「愛情表現の、何がいけないんです」
それきり、黙って窓の外を向いてしまう。
「ゼフォンさ、ほんとはシェラのこと好きなんだろ」
「彼の魂はイシュのものですから」
「だぁー、もう。そーじゃなくて。」
再び途切れる会話の間を、竈で火のはぜる音が埋める。
穏やかと言えばそうなんだけど、それとなく拒絶したままの空間。
「なぁ、ほんとにそう思ってんの?」
むすっとした顔で考え込みながら、アリエルが疑問をぶつけた。
「そう、って何のことを?」
「イシュリエルさんと、シェラは、同じじゃない」
きっぱりと断言する口調で、感じたまま見たままの事実を口に出す。
確かに魂は同じ。でも、ただそれだけ。
記憶も無い、身体だって違う、性別まで違う。
好きなもの、好きな人、考え方。
同じなのは歌が好きで、上手いって事ぐらいで、
あとは何もかもが別人。
「ゼフォンだって分かってる。だから、」
だからシェラに喜んでもらおうとして、ケーキ焼いたりしてるんじゃないの?
「これだけ年月過ぎれば、性格ぐらい変わるものですよ」
それに、と続く言葉が無駄話は終わり、と言っているように聞こえた。
「イシュ以外の誰かを好くなんて、想像もつきませんしね」
「・・・だから、ゼフォンはシェラのこと全然大事にしてないって」
盛大にため息を吐いたアリエルのほうをちらりと見て、呆れと剣呑さが混ざった目線を投げる。
「まったく、私が彼のことをどれほど大切に扱っているか知りもしないで」
この若造が。と呟いてエプロンをしゅるりと解いたゼフォンが、呆れた顔で一歩近づく。
邪魔になるからと括っていた髪を解いて、指を入れて無造作に梳く。なんとなく、だけど、その場の空気が別の色に変わるのがわかった。これは流石にアリエルでもわかった。ゆったりしてるけど重くて、嫌とは言えないような、ちょっと身の危険ぽい気もする、そんなかんじの。
「え、っと、ゼフォン?」
「何か?」
とん、と左手を机につく音。ついで右頬を包むように触ってくる上司に、片っ端からじょわじょわ鳥肌が立つ。
「俺なんかした!?」
「やれやれ、これだからバカは困りますねぇ」
一度も見たことの無いような丁寧さで頬を撫でる元上司の指先が、なんとも気色悪い。
こんなゼフォン見たこと無い!つーか叫んで全力で逃げたしたいんだけど!
「うわ、ちょ、ぎゃああ」
(訳:ゼフォン、顔近い!!!!!!)
見かけ上は硬直して動かないアリエルの、そこだけは酸欠の魚みたいに動いている口元に顔を寄せる。
「少しは学習したらどうなんです?」
「が、学習?」
低い声が頭の真ん中あたりで重く響く。
頭がくらくらする。
「どれほど優しくされているか」
「身を持って勉強すればいいんですよ」
ばたん。
唐突にドアが開いた。
「ただい、・・・」
机の上に押し倒された男が一人。
それを襲っているとしか思えない姿勢のが、一人。
押し倒された方と目が合う。
「あ、助かっ」
ばたん。
何事もなかったかのようにドアを閉めて、後ろできょとんとしている神父様を振り返る。
「・・・・・・神父様、ここ、危険だから入っちゃ駄目ですよ」
「え、それはどうして」
リリー助けてー!と絶叫する声を無視して、引きずるようにして神父様をその場から遠ざける。
安全第一。
あいつが居る時の標語である。
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