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“パーティーのついてこない演奏会は、演奏会ではない”
今回招かれた演奏会もまたその典型を踏んでいて。
それでも、音楽に理解のある貴族のもとでの舞台はそう悪いものではなかった。
ぜひこちらの主にお礼を言わなくてはと考えながら、シェラは貸し出された豪華な舞台衣装を脱ぎ、衝立の後ろから手をのばして壁にかかっていたシャツをとり、
「あれ?服が、・・・ない?」
『call for last dance』
軽いノックの音がして、
「おや、まだ着替え中でしたか。これは失礼」
何食わぬ顔をして神父の付き人、いや、勝手に付いてくる人が衣裳部屋に入ってくる。
「着替え終わらないのはどなたのせいでしょうか?」
衝立と壁の間に薄手のシャツを羽織ったしどけない姿でたたずみ、神父は途方にくれながらも眉間にしわを寄せた。
「替えの服ならそちらに用意しておいたはずですが」
移ろわせた目線の先に、確かに服が置いてある。
それはもう、すぐにでも手に取れるようにハンガーに掛けられて準備されているのだけれど。
この服、どう考えても女物である。
上質な布をふんだんに使ったドレスは、以前ゼフォンに贈られて、必要があって、仕方無く、それ以外に着るものがなくて、本当に仕方なく着たものだった。
「あの時は、」
「よくお似合いでしたから」
何か間違いでもあったかと不思議そうな顔をする男に対し、空色の美しいドレスを用意された神父は頬を赤く染めた。形の整った薄い唇が何か言いたそうに開いては言葉もなくぎゅっと閉じられる。
横を向き、下を向きして堪えるやるせなさを思ってか、黒髪の男は優しく声をかけた。
「気に触ることでもありましたか?」
「だってこれドレスじゃないですか!」
それなりに怒りをあらわにした声で、先ほどまでは美しくアリアを歌っていた神父が噛みつくように吠え、衝立の向こうでクッションを敷いた椅子に勢いよく座る。
「やれやれ、本日の主賓ともあろう方がパーティーの余興をご存じないとは」
驚いたような声を演出しながら、一応付き人としてこの城に入り込んだ男は脱ぎ捨てられた服や衣裳の片づけをはじめる。本当はたいして驚いてもいないくせに。
「余興?」
「ええ。入口で招待状を確認した時にパーティーの招待券と換えたでしょう?あれですよ」
「たしか、百合の文様が焼いてありましたね」
それが何を示すものかなど気にせず、テーブルの位置を決めるものかと思っていたのだけれど、どうやらそれだけではないらしい。
「それならあの服で宜しいでしょう」
「どういう事です?」
もったいつけて明確な答えを示さない男に、神父は苛々と衝立から顔を出す。睨みつけた深い色の二つの目が、瞬間なぜか柔らかい色を湛えて、1秒とせずにもとの嘘臭い笑いに戻る。
・・・何だったんでしょう、今の。
「ずいぶん前から都市で流行っている趣向の一つで、普段とは違う無礼講を楽しんでもらうために逆の性の服を着るようですね。
ただ、初めからわかっていたのでは面白くないと。
そこで、どちらの服を着るかは当日くじで決める、というあたりがサプライズになっているのでしょう。薔薇の印なら男装、百合の印があれば女装をと言われました。この城の主は相当変わった方のようですね。
ああ、でも皆さん楽しそうにホールに行かれていましたよ」
馬鹿げた事だと思うより先に足が動いた。
「・・・どちらへ?」
すれ違う肩越しに楽しそうな声が追いかける。
「帰ります」
「その恰好で?」
上半身にいささかゆるいゼフォンのシャツを羽織った姿で素足のまま
ドアノブに手をかけ、シェラは硬直した。
いささかの静寂の後に、閉じられた横長の衣装箱に腰を下ろす。
小さな円卓の上、指先に引かれたカードの表は、百合。
身体が華奢で、力も弱くて、声も高くて、性は奪われて。
「でも一応、男なんです」
女扱いされたくないと、ぽつりと零す。
「私の招待券、これですか」
百合の紋が鮮やかに焦げ付くカードを手に取り、死角に構えた右手に慣れた重量の刃物を握る。
「招待券がなくなれば、パーティーへは入れてもらえない、でしょう?」
それ以上、誰にも二の句は継がせない。
カードの真ん中、焦げ付きを貫くようにダガーを刺し、開いた窓目掛けて投擲する。そして、その目的の窓はちょうど、黒髪の堕天使の向こうにあった。当てない自信はある。
けれど振り向きざま、
まさか、といった面持ちでこちらを見詰めるゼフォンが見えて、
「イシュ!?」
ああ、ほら、またその名前を。
微かに悲痛のまじる彼の声に、心が軋む理由など知らない。
知っているはずない。
知りたくなんか、
「・・・っ、はぁっ、は、」
一瞬の全力と緊張が、荒い息を残して過ぎさる。
胸がどくどくと鳴って、見開いたままの目が視界に床を映し出す。
何かがおかしい。一体何が。
ダガーはまだ手にある。それなら招待状を貫いたまま。
何故失敗したのかと上を向けば、穏やかに微笑む堕天使の顔があった。この地域では珍しい黒髪がさらと流れる音の傍らに、未だ指に掴みしめられたままのダガーが震える。
その白刃の上に、赤いぬめりは見えなかった。
幸いなことに、投げる手前で彼の肩にぶつかったらしい。
「わかりました。服はお返し致しましょう」
承諾の印と諸手を挙げて降参し、ゼフォンはダガーを持ったシェラの片手を取ろうとした。震え、痙攣を起こして右手が暴れる。
「ふ、れないでください。自ら、刃の元に命をさらすなんて、」
「許せない?」
「神様が、お赦しになるはずが」
「すでに赦されぬ身ですよ」
諦念も優越もなく淡々と事実を述べて、ゼフォンは静かに跪く。
「願わくば、貴方の赦しが欲しいところですが」
謝罪の代わりのつもりか、低く身をかがめてシェラの爪先を捧げ持ち、躊躇うことなく接吻した。
自らの足元で行われるそれは、シェラが見てきたどんなミサよりも純粋で、穢れなく、まるで敬虔な聖体拝領のようだった。
「ところで」
ゼフォンは唐突に顔をあげると、シェラの目をじっとみつめてきた。
「な、なんですか」
「やはりあの服で出ていただけないものかと?」
「嫌だって言ったでしょう!」
蹴りたいのを我慢して踏み抜くように足を下ろすと、後に残された空虚な手が居場所を失う。
「仕方ありませんね」
心底残念そうに溜息をついて彼は胸元の隠しから、5枚ほどカードを取り出した。薔薇が二枚、百合が二枚、白紙が一枚。
「こちら、使います?」
もうこの際、イカサマでも何でも良かった。
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