-1-
歌い終えて、譜面から顔を上げた
たった一人の観客はいつも通り、言葉を発しない
手書きの譜面。彼が書いたらしい。
二重唱の、柔らかく優しい愛の歌
めずらしい、いつもは哀歌が多いのに
ゼフォンは黙ったまま
「・・・あの、私もう帰らないと、」
「その歌に、」
「え?」
「その歌に覚えはありませんか」
今、歌ったこの歌に、覚えは無かった。教会でも、舞台でも、歌ったコトは無い。
「・・・いいえ、今日初めて歌いましたが、それがどうか・・・」
「本当に?」
ゼフォンが腰掛けていたベッドから立ち上がった
「ええ、本当に。」
すぐ上から見下ろしてくる。いつも浮かべている人を食ったような笑みは無い。
思わず一歩後ずさろうとするのを、腰の辺りに手を回されて、引き寄せられる。
瞳を覗き込まれる。頭の隅で、綺麗だな、と思う
ゼフォンがため息をついた
なんだと言うのだ、と口を開きかけた瞬間、視界が反転して、ベッドに押し倒されていた。
「・・・離して、下さい。」
普通に言ったつもりなのに、少し声が震える
射抜くような視線は、いつも綺麗で、恐ろしい。
「ゼフォン、離して」
「あなたが」
呟く様にゼフォンが言う
「一緒に歌いたいと、言ったんですけれどね。」
突然、彼の言葉の意味を理解する。
ああ、またか。
また、「彼」のコトを言っているのか。
「知らないものは知らない、いいから、どいて・・・」
言い終わらないうちに、首筋に口付けられる
「・・・っ」
薄い布地の上をゼフォンの手が滑る
ゼフォンは顔を上げず、耳元で低く囁く
「何も感じませんか」
やめて、
「こうして私が触れても、」
いやだ、
「あなたはもう、何も感じないんですか?」
いや、
「・・・・・・イシュリエル」
「やめて!!」
シェラがゼフォンの身体を押し返そうとする
抵抗するシェラの両手を掴んでベッドに押し付ける
歌おうと開きかけた唇を、乱暴な口付けでふさぐ
シェラが大人しくなるのを待って、離れる
離れて見るとシェラは泣いていた。
荒い息遣いのまま、涙を流しながらこちらを睨み付けている。
・・・当然だな
「・・・どうして」
声も、身体も、震えている。
「どうして、こんなことするんですか・・・っ」
睨み付ける瞳にも、怯えの色が隠せない。
「どうしてか・・・ねぇ」
ゼフォンが、唇の端にいつもの笑みを浮かべた。
「それは、そうですね・・・強いて言えば、」
「あなたのそういう顔が見たいから・・・ですかね」
END
page top↑
Copyright(c) vois99 all rights reserved.