How to make bathtime?

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-the place-



久しぶりに扉を開かれた部屋は、黴臭さと陽だまりが揺れる独特の匂いがした。

脚の折れた椅子が倒れ、古い棚の木が腐りかけている。2つの窓からは子供たちが葡萄畑を駆け回る、午後ののんびりとした草原が見える。

懐かしい風景。
「ここにしましょうか」


-baked cake?-



一部屋改造したいと言うので移住するのだけは丁重に断ろうとしたところスルーされ、勝手に部屋を見繕ってさくさくと場所を決め、図面を引きしまいに、
水道がないから壁の一部に穴を開けたいと言ってきた。

水道と言えば、ヴァンヴィテッリの水道橋だ。

「あなたは・・・どんだけでかい物作る気ですか」
「厳密に言えば、作りたいのは浴室ですね」
「沐浴用の、部屋?」

聞けば、部屋に入りきらないサイズの物ではなく、外から部屋へと通すパイプ穴が必要らしい。
しかし、ゼフォンが使いたいと言ってきた部屋を見て、シェラは苦い顔をした。
「他の部屋では、駄目なんですか?」
「水汲みをするのは子供たちの当番になるでしょう?」
男はドアの蝶つがいを調べながら、食い下がるシェラの質問を質問で返す。
ならば、近い方が負担が少ない。そう理由づけられ納得もした。
確かに、この部屋の位置は、井戸に近い。
ついでに近くを流れる川からも丁度良い。
そのへんをうろちょろ動き回る子供に目をやれば、久しぶりに見る部屋にやんちゃ盛りの血が騒いでいる。
「ドアがあれば子供たちが外から入ってこれますね」
夏場の泥遊びで汚れたのを拭いてまわる手間が省けるだろう。
でもそれでは壁に穴をあける理由がない。

「それで、なぜ壁に穴を?」
「冬場は冷えますからね。外に湯沸かし器でも作ろうかと」
湯沸かし器。
聞き慣れない単語に、居合わせた子供がぽかんとする。
(そんな大がかりな工事を孤児院でやるなんて・・・
 充分大きいじゃないですか)
最近は簡潔な冷水浴が主なため、たとえ都市のお金持ちだって今のご時世、沐浴用にそれはない。
そんなものを作る酔狂はこのひとぐらいだ。

1000歳以上年の離れた知人は、時々、いや四六時中よくわからない。
それが時折、発想の枠をかっとばすような発言になる。
今日の提案のように。

そんなことをあっさり言い放つ彼は、この時代の生まれではない。
というかそもそも、居ること自体がありえない。
人間の形をしてはいるけれど、本当は
(黒い大きな翼の、堕天使)

それがどうして何年も自分に付きまとっているかと言えば
人違いも甚だしい理由があるのだけれど。



とりあえず、子供たちの為になりそうなことだというのは理解した。しかし。
「今でなくてはならないのですか?夏なら川で水浴びしたっていいし、それに、」
詰問するでもなく、言葉によって黙らせるのでもなく、ゼフォンはただ何も言わずに次の言葉を待った。
「知っていると思うのですが・・・
この部屋は、僕の尊敬する方が使っていたんです」
亡くなった途端に部屋を取り壊し転用するのでは、この部屋を大事に使われていた亡きシスターに申し訳ない思いがする。

するとゼフォンは、困ったように足元へ目線をやってため息をついた。
「はっきり言って差し上げられれば良いのですが」
珍しく言葉を濁すので、彼なりに悩むところがあるようだった。

(“彼”になら、あっさり言ったんだろうな・・・)

よぎった思いつきをかき消し、言葉を選ぶ。
「何か、理由があるのですね?」
“今すぐ”でなくてはならない理由が。
「今すぐに・・・いえ、これから来るのは、夏?夏に向けての準備?食べ物とか・・・ええと、冬の食糧調達じゃないんですから」
「いや、簡単な謎解きですよ」
「・・・?」
思案げに中空を睨んでいたゼフォンが、突然まっすぐに瞳を合わせた。

「夏に流行るものと言えば?」
What is the epidemic in summer?

謎々は適確にその言葉を呼び覚ました。

Die of disease & funeral.
「・・・病気と葬送」
都市部の衛生状況に比べればまだマシな方とはいえ、夏の子供たちは食べてはお腹を下し、泥まみれになって遊んでは熱を出した。
思うさま活動したいのは、わかる。楽しく遊んだ子供時代の記憶がほとんどない身としては止めたく無いのだが、栄養状態の良くない子供たちにとって、大きな病は死の危険に直結する。
「薬の要請が多かった事からして、大半が病気だったのではありませんか?」
シェラがこの孤児院に就任する前から薬屋をやってきたゼフォンが、病の多さ指摘する。

「葬送・・・何度もやりましたね」
まだ修道士であった夏の日に、平癒の祈祷を手伝い、必死で孤児達の看病をし、けれど虚しく天国へと見送ったいくつものミサの記憶に触れる。
今は亡きシスターは、あの時どんな顔をしていただろうか。
朧に思い出される悲しげな祈りの横顔、子供が無事熱を乗り超えた朝の笑み、そして静かに告げた言葉を思い出す。


“天国の神様には悪いけれど、私はこの子に生きて、幸せになってほしいの。
 わがままかしらね。”


子供たちの幸せを思うなら、
よし。やれることをやっていこう。
シスターの意志を受け継ぐためにも。
「・・・・・わかりました。出来る限り急ぎましょう」

よく決断したとばかりに、ゼフォンが頷く。
「承認はいただきましたよ」
「子供たちのため、ですから」
きっぱりと意志を見せればとんちんかんな答え。
「おや?私は、あなたの朝帰り用にと思ったんですが」
すっとぼけた口調で、さらっと言われた。

子供の相手してくれたりドア直してくれたり、料理も洗濯もやってくれるのに、この目的って・・・
やっぱり、よくわからない。
だけど、
(日曜大工のお父さんって、こんなかんじ?)

突然ゼフォンがぽん、と手を打つ。
「・・・?」
丁度いい機会だから教えておきましょう、と呟いてキッチンへと連れて行った。

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