-lukewarm-
もし、ゼフォンが自分を責め続けているなら、
それが僕に向かってくるのは、単なるとばっちりもいいところだ。
白い肌に爪を立てて身体を支える。
だけど、
僕は彼じゃない、と。
誓願を立てゼフォンを遠ざけた頃のようには、言い返せなくなっていた。
戸惑いながら、身をすくませるしかなかった。
自分でいたいなら、ゼフォンの言う事なんて聞き入れては駄目だって、わかっているはずなのに。
なのに、
時折向けられる憤りは痛いと言うのと同じ音で、
とても苦しそうで。
隠しているようだけど、伝わってきてしまうから。
ゼフォンが愛してるのは“彼”で僕とは関係ない、
はずなんだけど。
乱れた髪を除けて、耳に低い声が吹き込まれる。
「今だけで良い、委ねて」
「・・・ん」
耳朶から痺れてくる心地よさに思わず瞼を閉ざせば、天辺からぞくぞくと震えが伝わった。
何百と落ちてくるついばむような口づけに翻弄され、力の抜けたシェラがもう日付が変わったのではと思った頃、
「ん・・・これで宜しいですね」
シェラの全身をまさぐり入念な口づけを施していた男はようやく濡れた髪をかきあげ上体を起こす。その手には大判のタオルが握られていた。
既に誰か使ったのか、布地は水気を含んでいる。じっとり湿気た布地にまとめられ束になった黒い髪が濃さを増す。鴉の翼、濡れ羽色だ。
シェラはぼんやりとそちらを見上げながら、いつの間にか肌も髪もきちんと乾いて、風邪ひとつひかずほんのりと熱を帯びているのを不思議に思った。
「なに、したんです?」
「特にお代をいただくような事は、何も?」
笑う狐のように目を細めたゼフォンは、言外にたくさんの何かを含んだ口調で答えた。その言葉に、驚くほど呼吸の乱れは感じられない。
ひょっとして、身体を拭いてくれた?
「ちゃんと、言ってください」
それくらい、自分でしたのに。
・・・・・・自分だけ体中熱くして、震えて、馬鹿みたいだ。
ふてくされた言葉にちらと笑って、彼はそっと矛先をかわした。
「だいぶ眠いでしょう。今夜はここへ泊っていきなさい」
そう告げられキルトが身体を覆うと、眠れるわけがないと抗議したのは心の中だけでシェラと同じ温度をした手に視界を遮られゆっくりと意識が落ちていく。
それきり、夢も見ずにぐっすりと眠った・・・気がする。
だから今朝、目が覚めて僕が裸で
こっち向いて眠てる男の人が裸でも、
「なんにも、なかったんですよね」
そう、確信を持っていいはずなんだけど。
寝る前のコトを思い出した所為で、少し赤くなっている頬に触れながらベッドサイドに手を伸ばした。きちんと畳まれていた下着を身につける。
(・・・どうしてこんなに恥ずかしいんだろう)
夕べの雨を思わせない乾いたジャケットに袖を通し、腕を軽く動かす。その拍子に、院長就任以来ばたばたと仕事してきた体が軽くなっているのに気付いた。言うまでもない。お風呂だ。
どうしよう。お礼を、言わなきゃ。
窓の外は、そろそろ朝のお祈りの鐘が鳴る時間。
テーブルや棚を見渡すが、メモを残すのに使えそうな道具は見つからない。
(ああもう、起こすのもどうかと思うんだけど・・・)
起こさないよう足を忍ばせ、ベッドにとってかえし。
半ば黒髪をかぶった顔をそっとのぞきこみ、
途端、キルトが動く。
「・・・っゼフォン、あの」
小声で話しかけるシェラとは無関係に、寝返りをうった。
額から目元までを覆っていた髪がさらりと枕にこぼれる。
どうやら彼はまだ夢の中のようだ。
(よかっ・・・た、起きなくて)
穏やかに眠るゼフォンが夢見るのは、きっと“彼”の魂。
だけど、
感謝を伝えるための行為。
それぐらいは許されるだろうか。
(これは、僕からですよ、と)
端正な顔の横に手をつき、かがみこむ。
“ありがとうございます”
やがてぱたぱたと靴を鳴らして駆けていく足音に、家の主はうっすらと目を開けた。
――帰りましたか。
ベッドが一人分空いたのを見ると、夢ではないだろう。
空いたシーツに指を這わせば、まだキルトに体温が残っている。
そういえば先程、額に何か触れた気がした。
触れればそこに濡れた唇の跡があるような。
夢の名残か、それともまさか
「気のせい、でしょうね」
ゆるゆると頭をふり、眠そうな顔に小さな笑みを抱えた堕天使が起床した。
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