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-noise-



11月1日の万聖節を数日後に控え、カトリック教会はパンや葡萄酒、普段はほこりっぽい教会の掃除と、細々したミサの準備に追われる。大きな教会ならばシスターや見習い、手伝いの下人がこなす仕事も、親切に孤児院まで経営している神父一人の教会では大変な年中行事だ。
けれど大きなミサの前であっても、もはや習慣になりつつある返礼の日はやってくる。シェラが夕べの祈りを済ませ、机の隅に大事なロザリオを置いて自室を出る頃には、月が空高くから見下ろしていた。
さくさくと秋草を踏みわけ、小さな丸木橋のかかった川を越える。

深い黒をたたえた森の片隅、目的の家が灯りをともしているのを見つけ、神父はふと足をとめた。ざわりと風が吹く。どこかで狼でも吠えていそうな。
冷たい頬に少し緊張を感じて、ゆっくりと息を吸い込み、溜めて、そして吐きだす。
(さすがにいつもみたいなコトはされない・・・と、いいのだけど)


ドアノックを軽く2度鳴らすと、小さな足音がぱたぱたと近づいてきて閂を外した。控えめに開いた隙間に燭台を掲げたリアが現れる。見上げてくる瞳は真ん丸で、ぱちぱちとまばたく。夜遅いお客にびっくりしているらしい。
「こんばんは、リア。“お父さん”に会わせてくれるかな?」
空になった籠を少し持ち上げてみせると、こくりと頷いて少女はドアを押しあけた。

短い廊下を抜けてベッドルームに入り、3日ぶりの来訪者はおや、と驚く。
ベッドの上には挿絵のたくさん入った本やら、綺麗に彩色された木彫りの人形がおいてある。案内の終わった少女は、とことこと駆けて行ってベッドによじのぼった。
(意外と・・・まともな親じゃないですか)


「一人で来られたんですか?予想が外れてしまった」
「予想?」
奥の部屋から出てきたゼフォンに、椅子へジャケットをかけながら問う。
「ハロウィン前ですからね。モンスターの行列が怖くて教会で震えているかもしれない、お迎えに上がらなくてはと準備を」
楽しげに答える堕天使に、宗派の違う神父は思わず半眼になり、いつものようにため息を吐いた。堕天使の知識には、どうしてこうたくさん人間の習俗が詰まっているのやら。
「カトリックではハロウィンしないって何度言ったら・・・僕は、モンスターのお迎えなんかついて行きません」
「おやおや、私は人間よりよほど親切なバケモノでしょう?」
椅子を捻じって向きを変え、適当な位置に引きずっていき、腰掛ける。
「どうでしょう。あなたを見ていると、悪魔が偽りの親切で人間を籠絡する版画を思い出すんです。そうそう!特に、そういう顔とか?」
といって顔を指さすと、ゼフォンはあからさまに傷ついた顔をしてみせる。
「偽りとは心外ですよ。私はあなたに向かって嘘など吐いた覚えがありませんし、まして下心など。・・・ああ、誰かと勘違いしているでしょう?どんな顔してるんです、あなたをそんなに怒らせるお知り合いは」
質問と共に返ってくるのは、例の薄い笑み。
この顔だ。
シェラは、今すぐ鏡を見ろと大声で言ってやりたくなって、すぐに飲み込んだ。リアを不安がらせちゃいけない。親代わりが本物のモンスター・ペアレントだなんて、逃げ出してしまうだろうから。
「そう怒っていると、小ジワが増えてしまいますよ。やれやれ、一度“二人きり”で“ゆっくり”話す必要がありそうですね。さて本題に入りましょう」
聞き捨てならない言葉を退けて、ゼフォンはさりげなくシェラの肩をベッドの方へ、リアの隣へと誘導する。当人はシェラが持ち出した椅子に音も無く収まった。
「Ognissanti(万聖節)の準備はどうです?子供たちの事で手一杯なのに随分働いていると、村の噂になっていますよ。あの子に手を焼いているなら、暫くこちらに置いても構わないのですが?」
意外な申し出だったのか、返事には一拍ほどの間があいた。
「それは・・・ええ、ミサの準備も控えていますし、忙しいといえば忙しいけど」
「あるいは、手伝いがいるなら伺いますよ」
彼はいつ、“押し掛け下男”を止めることにしたのか。いつになく紳士的な手伝いの申し出に感動してしまいそうになり、神父は十字を切った。これは神様の思し召しに違いない。
「まずリアの事ですが、孤児院の子供たちがよく面倒を見てくれて。ある程度のことは、意志のやりとりができるみたいです。ハンドサインとか、表情で。他の子とそう変わりませんし、孤児院で預かっていいと思います」
実際、シェラが心配していたほどの事も無く、リアはエミリーにひっぱられてすんなりと子供たちの輪に入った。父親代わりは人間らしい動作で息を吐く。
「そうですか。それは何より」
「ええ。で、手伝いですけれど。
子供たちにあげるお菓子だけ、お願いします」
ほぼ遠回しな断りに近い内容に、ゼフォンは一瞬、“きょとん”とさえ表現できる顔になった。理解できないといった表情で問い返す。
「私のサポートでは心配でしょうか?」
「大問題です」
「どうして?」
「駄目です」
「ハロウィンに欠かせないものがあるでしょう?」
「だからそれは、あなたが勝手にやってるんじゃないですか」
「では質問を変えましょう。毎年子供たちが喜んでいる“アレ”は、作っても宜しいですね?」
「ああ、ジャック・オ・ランタン」
「それ以外に」
「ええじゃあ、あなたには子供たちに配るビスケットとジャック・オ・ランタンをお願いしました」
「・・・・・・仮装の衣装は?」
真面目なその一言で、神父は深刻な頭痛に襲われたようだ。
「僕は着ません」
「勿体無い」
「カトリックではdolcetto o scherzettoは無し。駄目です。今年こそしません。だいたい、あなたが僕に作ってくれるの・・・全部女物じゃないですか!」
すると眉尻を下げて、ゼフォンは食い下がった。
「ではこうしませんか?あなたが今日の“代価”を歌い終わることが出来たら、衣装なし。でも出来なかったら、ラ・シレーナ(人魚姫)。如何です?」
如何も何も、悪魔の取り引きだ。彼はこういう時、本当に僕が人間でキリスト教でカトリックの神父だということをわかっていない。というより、わかっているけれどきっとどうでもいいのだ。
シェラは、自身が拗ねるような顔をしていると気付かないまま、そっぽを向いた。
「おや、ナポリ一番の歌い手が。逃げますか」
完全無視を決め込むと、歌うような喧嘩が売られる。
意外と絡んでくるなと“元”歌い手が思った途端、小さく嗤う声が響いた。
「今のくだり、かつての貴方に聞かせてやりたいものですよ。誇りと矜持しかない貴方が聞いたら何と思うやら!オーダーされる前から逃げ腰とは、“歌姫”から“歌”の字を取られても文句は言えないと言ったところでしょうか。まぁいいでしょう。血気盛んなお年頃ではないのは残念ですが、一々誘われて応えるのではあなたの身体が」
シェラはベッドから優雅に立ち上がり、わざわざ、座っているゼフォンの口元に耳を寄せる。
「いいでしょう、何を歌えって?」
たとえ分の悪い取引だって、この堕天使相手に歌で負けるなど。まして、歌う前から負けるなんて。
あってなるものか。

顎を上げた悪魔は、悪戯げな仕草で唇を近付けた。
「では今夜は、」


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