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filastrocca



"Piove, piove, la gatta non si muove.

Si accende la candela, e si dice buonasera."
結局のところ、ナポリ一番の歌い手は、吹きだすのを必死で堪えねばならなかった。
「何です、おかしな顔して。はいあと1曲、楽譜はありませんよ」
「いえ、ちょっと・・・駄目、お腹痛い」
「ではこちらの勝ちということに」


だって、いつものお客が仏頂面で告げるのだ。
“Cicerenellaに、Volevo un gatto neroと、・・・Ambaraba Cicci Coccoも歌っていただきましょうか。”
曲名を聞いて吹きだす神父を気にもしない様子で、いつもの大人っぽい曲を頼む顔をして堕天使は言う。3曲とも童謡なのに。それに3曲目は・・・

“ここ数百年そっちこっちで聞いたんですが。もしや、ご存知ない?歌って差し上げましょうか?”
“歌うの!?あなたが?”
“有名な数え唄じゃないですか”
“ええまぁ、有名といえばそうですけど・・・3つ目は僕が知っている子ども用の歌詞にしますね”
“もとからそのつもりです”
彼は仏頂面のまま、神妙に頷いた。


シェラは今にも声をあげて笑いだしそうな口元で、3曲目を歌い始めた。
そして、始めの“Ambaraba Cicci Cocco”を言い終わらないうちに息を継ぎ損なって、むせた。
目の前では、あのゼフォンが、仏頂面で手遊びに興じている。
リアは手遊びを知らないのか、ぽかーんと見ている。
うっかり歌うのを止めそうになったシェラを睨んで続けさせ、ゼフォンは時々音程のズレる歌声と一緒に、低い魅力的な声で歌う。街のレディたちが聞いたら別の意味で卒倒しそうな光景。
最後には、段々と乗ってきて真似するリアの前で、決めポーズまで作って見せたのだった。
そしてシェラといえば、いつもと全く別の意味でベッドに突っ伏したのだった。


「そんなに楽しそうに笑って。まるで家族のようですね」
マイホームパパが、無駄に良い声で笑う。それがまた、笑顔の裏で内心の狼狽や動揺がジタバタしているのが透け透けの声なのだ。
ようやく呼吸を整えたシェラは、涙目のまま冗談を3倍で返してやった。
「ええ、あなたは奥さんに逃げられたダメ亭主。僕とリアは不運にも奥さんの子どもで、年の離れた兄妹ってとこです」
すると居心地の悪そうな顔でゼフォンが言う。
「私からあなたが生まれるのは、少し無理がありませんか?」
「ええ、もちろん。だから僕らは奥さんの連れ子で、あなたと血の繋がりはありません」
誰がこんな阿呆の子供になってやるかと他人顔で、シェラは意味も無くそっぽを向いてみせた。くるくると表情を変える神父に、リアが可笑しそうに肩をすくめる。逆の柱を睨んだゼフォンはふーむと唸って考えこむポーズを取り、重篤な患者を診るかのように黙考した後、すっかり納得した声で結論づけた。
「では、私とあなたが人間で言うところの婚姻関係を結ぶのに、支障はありませんね」
「だからあなたは・・・ど、どうしてそうなるんです!」
「心配は要りませんよ。年の差など、魂にとって無いも同然です」
「そこはもともと関係ない!」
「大丈夫。失った時間も、ゆっくり取り戻していけば良いんですから」
いつの間にか堕天使に両手を取られ、黒い引力を放つ瞳に押されてベッドを後退する。
「ちょっと、子供の前で何を」
「おや、連れ子の意見も大事でしょう?ほら、彼女も新しいママに興味があるようです。今ここでお返事をいただけませんか?」
「僕はあなたの言う記憶なんかそもそも無いし、好きでもなんでも・・・そもそも男じゃないですか!ママってどうして何度言ったらわかるんです、婚姻は」
「魂の形に、男の女のと大した違いはありません」
確かに彼は、魂の形とやらを知っているのだろう。大層、真面目な顔で返事に窮する事を言ってくれるのだった。



半部以上呆れて固まったシェラを前に、ゼフォンがあっさりとポジションを手放した。月灯りにのびた影が夜も遅い事を告げる。
「着替えを持ってきますから、“お母さん”と遊んでなさい」
そう言って目配せをして、“お父さん”はリアの服を取りにいった。
シェラは、ああもう勝手なことを、とは思うけれど、便宜上その方が早いような気もしてきた。いい加減、呼ばれ慣れたし。


「リア、おいで」
ベッドに腰掛けて名前を呼ぶと、小さな身体がもそもそと近寄って膝の上に収まる。ゼフォンが用意した充分な量の灯りがちらちらと揺れる中、熱は無いか、目は、鼻水はとチェックしていく。ゼフォン程正確にではないけれど、子ども達の健康管理は毎日やっておいて悪いことではない。
その時だ。
なにか、いい匂いがした。
(なんだろう、なんか、くらくらする)

蝋燭の明かりが、ふっと一つ消え、リアは大丈夫だろうかと顧みて瞳が合う。すると、リアが何か言った気がした。
「どうしたの?」
リアの唇が動く。“いっしょにいる?”
「うん。一緒にいるよ」
けれど少女はなおも悲しそうに言う。
そんな少女を、心底愛おしいと思った。
だから、その言葉が口をついて出るのは当然で。
「大丈夫、離れたりしない」
すると、少女はようやっと安心を得たようにシェラを両手に捕まえて微笑んだ。


シェラが足音にふと意識を戻すと、目の前には人が立っていた。
「マグノリア、彼から離れなさい」
彼から、夜の静かに冷え切った匂いが流れる。どうしたのだろう、洗濯物を外に出しっぱなしにして取りにでも行ったのか。ああ、それで苛立ってるのかと理解する。
「いいんですよ。いつもは平気な顔してたって、親と離れれば寂しいのは」


「マグノリア!」
硬い声に、びくりと身をすくませる。
「それは駄目だと、先に警告したでしょう。親代わりに何もかも許されるとは」
その鋭い気配に、何か弾けたかのようにシェラは気付いた。
マグノリアを引き離そうと伸ばすその手が、殺気立っている。
無意識に手で子供をかばいながら、身体が怯んだ。
「ゼフォン!」
「何です」
「何じゃないですよ、自分が今何を、」
壁についた左手、整った爪が何かを削る音に顔が上がった。
視線がかちあった瞬間、息をのむ。背中をわけのわからない震えが這い上がっては温度を奪う。彼のよく知ったはずの、のぞき込んでくる瞳。
だというのに、身体に手をかけることもなく気配だけで押される恐怖に喉の奥が凍りついた。
「妬いた、といえば納得していただけますか」
「しません」
「それでは、“あれ”は私が預かったから」
「あなたが良くても、僕は許さない。謝って下さい」
「何を?」
「わかるでしょう?それくらい」
しかし彼はどこか理解しきっていない顔で、しぶしぶ唇を開く。
「・・・すまなかった」
「僕じゃない、リアに謝って下さい。」
「何故」
奇妙な緊迫感を持って迫る問いかけ。
おかしい。どこか一つ噛み合わない。感じながらも人間の論理で説得にかかる。

「リアは今、あなたの、子供なんです」
口調は全く震えなかった。
腹の底に据わるものが、子供を抱えた腕を支える。
孤児院を預かるようになって身についた胆力を言葉に籠め、怖がる身体を押さえつけ放った。

「親は子供に、そんな目を向けない」
声を低く抑え睨み返す。
不安定に揺れる蝋燭をゆらめかせ、濃い瞳は相当な苛立ちを隠しもしない。形良い爪同士が削れる。まだ続いてる。ぎりりと爪を軋ませ、不愉快なノイズが幾度も刻まれた。
完全な膠着状態。
これ以上を望むなら、僕はきっと、





とん。とん。とん。

庇っていた腕の中に、小さな動きがあった。
「・・・リア?」

とん、とん。とん。
ノックのように三回。
肩口から広がり、それは鈍い振動となって身体をゆらす。


とん。
注目が集まったのをしっかりと確認して、
二人が見守る中、そっ、とマグノリアは身体を離した。
いつもと同じ幼い仕草でこくりと頷いて、しがみついていた指をこじ開けるように、勢いをつけてカソックから離す。けれど、後ろ向きにベッドから降りると、小さな片手はもう一度カソックを掴んだ。
そして引っ張る。二度、三度と、ドアの方向へ。
「マグノリア・・・?」
引っ張られるまま、神父はゼフォンの腕を避けて立ち上がる。
(まさか、ここから逃げろって、言ってる?)

シェラの3分の1もない力で、マグノリアは必死に裾を引っ張る。掴んだカソックを破らんばかりの力を籠めて、足を床に押しつけて踏ん張っては、ドアへと引きずろうとする。
本当に、全く不可解とばかり微動だにしない堕天使の目の前、マグノリアはシェラをその場から遠ざけようと必死になっていた。

そして、これ以上動かないとなると、小さな体はシェラを庇うように背中へ押しやった。

唐突に、シェラはマグノリアの身体にあった傷が何だったのか、ゆっくりと理解していった。
(庇ったんだ。誰かを、僕にするみたいに)

だから彼女は、


「大丈夫」
口から零れた言葉と共に、床へ跪く。
彼女を、今のゼフォンと置いていくなんて。できるはずない。孤児院の先生として、仮初の親として、
それだけは。
「大丈夫、リア」
どんな言葉で説得すればいいのか。きっと子供はそんな言葉などわからないから。構わず、抱きしめた。
バランスを崩しながら、それでもリアはゼフォンとシェラの間を譲らない。
「ゼフォンは僕に手を上げたりしない。僕も誰も、リアをぶたない」
その言葉に、彼女は曖昧に首を振る。
「それから、リアに、」
「ゼフォンが意地悪しないか、ちゃんと見てるよ」

仮初めの娘は、それでようやく、詰めていた息を解いた。睨んでいた目線を合わせたまま、それでも、困ったようなまなざしが偽物の父親に問いかける。怖れを含んだまま、それでも頼りの綱を探るよう、そろそろと。
ゼフォンはため息をついた。

「マグノリア」
ゼフォンが声をかけた。

ベッドにゆっくりと腰掛け、手のひらでぽんぽんと隣を示す。
「いらっしゃい。今夜は、話をしましょう」
なぜだか困惑している声音で名前を呼んで、シェラにはわからない嘆きを二三呟く。意味は分からなかったけれど先程までの殺気は、どうやら消えたようだった。
マグノリアがステップを踏んで彼のもとへ歩いていき、子供らしい軽やかさで再びベッドの上に飛び乗る。
「・・・リア?」
きゅ、としがみついた表情を見て驚いた。
穏やかな、満ち足りた微笑み。その子供らしくない落ち着きに一瞬既視感を覚える。
おかしい。いつも見ているような、遠い昔に見たような、そんな感じがする、満ち足りた笑みなんだけれど。
「・・・・・・・」
「リア、ゼフォンのこと」
シェラが戸惑うのへ、少女は小さく首を振った。横へ。
「怖く、ない?」
こくり。


「リア、もし、怖かったり、何かされそうになったら」
「心配は要りません。
 今日は、話をするだけです」
遮られた言葉に、人間の神父は、ただ頷くしかなかった。




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