-前半戦-
「知り合いで、相談したいという娘さんがいるのですが」
出張していただけませんか、神父様?
どこで作ってきたのか、知り合いなどという人間的な関係を持ち出すゼフォンに感心して快諾する。
「いいですよ。私なんかが役に立つならよろこんで」
「お父さんは、変わっているとは言ったけど、一応認めてくれているし」
「ええ、それは」
「でも、ファーニャは駄目だって言うんです!」
「はぁ・・・」
「堕ちていようと、悪魔みたいな人間だろうと、私は構わないって言ってるのに・・・・・・ねぇ神父様、ひどくないですか!?」
「そう、ですねぇ・・・」
彼が本当に堕ちた堕天使というか、実質悪魔とそう変わらないということはさておき、
(これって・・・・・・要するに、恋愛相談じゃないですか)
真剣なおももちで神父の返事を待っている、とっても純粋な若い娘の後ろへちらりと目を向ける。予想通り、意地悪な堕天使は神父がどんな対応を取るかと愉しげに、罠にかかった獲物を弄ぶ悪魔の笑みで待っている。
そんな彼はこの町で“ゼファニア”と名乗らされている。そしてシェラがそう呼ぶ度に微かに目元が不快を示す。
「ゼフォンと名乗る事に何の問題が?」
「いいからこの名前にして下さい」
「嫌です。よりによって聖書に載ってる名前を選ぶなんて」
「大抵みんなそうするんです。慣習だと思って」
「ではこうしましょう。東の国ではこの名前は実は一般的に使用されているもので、」
「あーもう!勝手にややこしい設定にしないで!僕は一々説明したりしません。それから、子供に悪魔の名前をつける親は居ません!」
「そう、ですねぇ・・・」
語尾に、ため息。数ヶ月そのままにした挙げ句のいやがらせとは。積もり積もった恨みが出てきたのか。
数ヶ月分と思えば、してやられた程度で済んでよかったのかもしれないが。
それにしたって。
ファーニャとは、おそらく彼女がつけた略称なのだろう。
ゼファニアの名前が気に入らないからといって、いくらなんでも、異郷の女みたいな名前を名乗っていようとは。
・・・・・・娘さんも気の毒に。こんな堕天使なんかに遊ばれて。
村の男達の方が、よっぽど純朴で安心できるのに、どうして女の方々って、こういう人に惹かれて・・・というより、ゼフォンがいけないんですが。
さて、どう答えたものかと考えて、嫌な悪寒に震えそうになる。何も無いと思える一言からさえ、からかいを含んだ言葉を返してくる彼のこと。対応次第では、見事な拡大解釈の餌食にされる気がする。というかそれ以外の解釈をされた試しがかつてあっただろうか、全く皆無と言っていい。
思案げに俯いて、机に頬杖をつく。
できるだけ、遠くから答えを探していく。
一つは、彼女の哀れな恋に同情しつつ、神様に委ねてしまう。
一番神父らしくて、けれどあたりさわりのない処方箋。
一般的にはもう一つ。
女性は男性に従うべきだから、といって諦めてもらう。
他の神父ならやるかもしれない手だけど、これは選ばない。
あるいは、
彼が実は“魔性の者”だと言い渡すこと。
日々言い寄られ、悪戯され、あげく襲われている神父としては当然そうしても構わないと思える選択。
そして、
いっそのこと、ゼフォンを彼女とくっつけてしまおうか。
不穏な策略に胸の辺りが、つきんと痛む。
けれど、ゼフォンが彼女をたぶらかしていたのは事実で、だとしたら、普通に考えれば彼としては満更でもないはず。むしろ、彼が村の人たちに受け入れられるためにはその方が良いかも。
うん、それがいい。勝手な選択だとしても、ここで彼女を証人に、彼が精神的にはどこもおかしくない事を告げてしまって、ついでに村人から避けられないように結婚させてしまうのは、仮にも。彼の事を案じているからで、
「あの、神父様?」
長い長い逡巡に、娘が不安げに声をかけた。
神父は決まりかけの返事を喉元に、顔を上げる。
濃色のカソックに水滴が滲んだ。
そうして再び落とす目線に、服に染みる冷たさが不思議だった。
「あたしなんかのために、あの、その、泣かないでください」
優しい娘の言葉に、指先を目元にあてて初めて、シェラは自分が涙していることを知った。
「あ、」
どうしてしまったんだろう。
何か、昔の事でも思い出した?
そんなことは、そんなことはない。
全く関係の無いことだもの。
それなら、どうして?
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