-後半戦-
「相談」の場所に選んだのは、宿屋を兼ねている村の酒場だった。予約していた部屋には既に件の娘が到着していて、ゼフォンが入っていくとうれしそうに椅子を立って近づいてきた。
軽い抱擁と口付けを、後ろで呆気にとられているだろう神父に見えるよう、しっかりと角度を調節してやってみた。
彼女の説明から、"ファーニャ"は自分の事だと思っただろうし、話の間もかなり複雑そうな顔をしていたけれど、それでも流石は優秀な神父様なだけあって、丁寧に話を聞いていた。
貴方がどんな答えを出してくるのか、愉しみで仕方がない。
ちょっと眉間に皺を寄せた後、彼なりにこの難問を解こうと必死になる。そんな真っ直ぐさが愛しいと見つめていると、その俯き加減の瞳が不意に潤むのが見えた。
泣く、というより涙を流す、と言いたくなる静かさで、嗚咽もなく、無表情に彼は泣いた。
何が、彼を泣かせたのか。
知りたい。
もしその原因が自分であるなら、此れ程面白いことはない。
おろおろと取り乱してしまった娘の肩を抱き、大丈夫ですからここは任せてと囁き廊下に連れ出す。低い声に平静を取り戻したのか、幾度も縦に首を振って、娘は大人しく部屋を出てくれた。
店のものに硬貨を渡して、彼女を家まで送り届けるよう言いつけてから部屋に戻る。静かにドアを閉め、ついでに鍵をかけるのにも気付かない様子で、神父はもとの姿勢のまま、困ったように濡れた指先を眺めていた。
「彼女には、申し訳ないことをしました」
あやまらなくては、と表情の戻らない顔で呟く言葉が落ちた。
悄然として、半ば考え事に埋もれたままのシェラへと距離を詰めていく。
「どうして、泣いてしまったんです?あのように他愛無い話で」
「すみません、あれは僕が・・・」
考え半分に言いかけた言葉を最後まで出し切る寸前、濡れた瞳を強く閉じて、言葉ごと感情を止めようとする。それ以上は口に出したくないのか、頑なに口を閉ざしてしまった。
言わないのなら、構いはしない。
結局はそれもまた、追い詰める材料になるのだし。
「では質問を変えましょう。
私に、何か言うことがおありでは?」
そう言って肩に手をかけると、とうから気がついていたのか身を硬くするのが手のひらに伝わる。
こんな時、震える口調で逆に問い返してくる健気さが愛しい。
「・・・役に立てなかった分の、代価、ですか?」
怯えに侵された声をして、頬を微かに紅くしているというのに、まだ抗おうとする。強いふりをしている脆い心を、封じ込めている身体を、今すぐ、堕としたくなる。そうすれば、言いかけた言葉の続きを、最後まで言わずには居れないだろうし。
半分ほど襟に隠された首筋を指で辿ってやると、逃れるように顔を背けた。やれやれ。その表情と態度で、泣き濡れた瞳で煽っていないというなら、自覚が無いにも程がある。
「ええ、あなたなら何か良い導きが出来るのでは、と。かなりの期待を寄せていたのですからね」
放った平坦な言葉は、どうやら感情を顕わすのに劇的な効果をもたらしたらしい。
「・・・・・・わかりました」
爪が白くなるほど強く握っていた手が新たな意志を持つ。
身体の稜線を触れてまわる指を引き離して、彼は椅子を立った。予想だにしない展開に思考が止まるのを感じる。直後、いつもより数段荒い足音がして、ベッドの軋む音が聞こえた。
振り返ってみると、
「何をしているんです?」
靴まで脱いでシーツの上に座り込む人影と眼があった。
目線だけで睨んでくる
その、瞳。
ひどく静かな感情を湛え睨みつけてくる、青空の色。
紛れも無い芯の強さが、瞳の主を輝かせる。
怒りを宿して挑発してくるその色は。
(変わらない、まるであの時のような)
自らカソックの細かなボタンを外しながら、互いに一時も逸らさない視線が絡み合う。それが部屋中をつつむ息苦しさに変わるまで、ほんの数秒。堕天使さえ嘆息させられ、魅力に世界が飲まれていく。
「・・・宜しいんですか」
「代価が要るのなら、好きにしてください」
許可さえ投げやりに、娼婦を思わせる緩やかさで鎖骨をさらす。
前言撤回。これは本当に、手強いかもしれない。
傍に歩み寄ってベッドに手をつく。間近に目を合わせると、それらしく睫を伏せて、震える口元を笑みの形に造って憎々しげに囁く。
「この服のまま、どうぞ」
神父服のまま。
黒いカソック。
ああ、そうか。
唐突に理解する。
「神父として、要を成さなかったのなら、神父を抱けと」
「どうぞ、如何様にも」
そういうことか。
役に立たなかったのは、“彼”じゃなくて、神父である私なんですからね。
求めるように腕を絡ませながら、人一人簡単に呪い殺せそうな美声で睦言を言う神父に閉口する。
あるいは、
思いつめた“彼”なら、これぐらい言ったのだろうか。
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