懺悔の前に

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神様、マリア様ならびに天使、聖人の皆様。
神父様は最近、朝帰りが多くなりました。
いいえ、誓って神父様は悪くありません。
悪いのは、あの男なんです。
そう、あんな奴死んだほうがあたしの、じゃなくて
この世界のためにはとってもいいとおもいます。
どうにかしてください、アーメン。



玄関から飛び出していって、うれしくないモノに気がついてしまったと思う。
朝になって神父様が帰ってきたと思ったら
余計なのが一人ついてきちゃったのだ
「なんで!?どーしてあんたまで来るの?
朝っぱらから呼んでもないのに来るな万年発情期!」
「おはようございます、リリーローズ嬢。朝っぱらから品のないあなたに会わなくてはならないこちらの身にもなって下さい。」
花のかんばせが性格で台無しですよ、と大仰に嘆く男の腕に
「神父様っ!」
あたしの、大事な大事な神父様が、姫だっこ。
しかも何、神父様、
「ほっぺた赤いし、息切れし・・・てる、し、めがうるうる、して」
まさかまさかまさか
「ああああ、あんたまさか足腰立たなくなるまで神父様をっ!!!!」
一瞬、頭の中をよぎる邪推(それ以外の何があるの!)に、思考を持ってかれた。
「ああほら、シェラが胃潰瘍になったらどうするんですか」
あいかわらず神父様を抱えて、朝まで神父様にあんなことやこんなことをしてた男が、心配してるとは思えない顔で言う。
神父様、別にあたしは悪くないのよ。
「てめーが、ンなことさせてんだろーが!!」
朝日に向かって、吼える

「リリー、近所に聞こえるから」
いまにもぶったおれてしまいそうな神父様の声で、リリーは心の底から叫ぶのを止めた。
「あっ神父様、起きて立って、早く!ケダモノから離れてくださいー!」
そしてまだまだ絶叫した。
半分くらいはゼフォンを罵倒し、残りの半分で神父様のバカを繰り返した。
「いいから神父様をはなせー鬼畜眼鏡ー!」
「おや、今この場で手を離していいんですか、
あなたの、大事な、神父様が、落っこちても宜しいと」
「そうじゃないでしょこのノータリン!
もっと安全に降ろしてあげなさいって言ってんのよ」
「・・・・・・あの、いま立てないんですけれども、どうにか」
「神父様は黙ってて」「あなたは喋らないでください」
「あ、はい」
「とにかく、座ってて痛くないところとか、神父様の部屋とかベッドとか」
「ベッドとはこれは都合の良い事を」
「ぎゃー違うベッドは駄目っ、でもでも」
「・・・・・・それでいいから、はやく降ろしてください」
朝っぱらから、ため息が出てしまった。
この二人、子供の喧嘩並みに消耗する


結局、腰砕けで動けない神父様はベッドの上で、おもに精神的疲労でぐったりしながら横になった。
ここに運ばれる間も慇懃無礼な口調と、遠慮ない罵倒語がいくつも飛んだ。
そのあと説明をする暇も無く、リリーがちょっとこい鬼畜狼と言ってゼフォンを連れて行ってしまった。
一体どこで何をする気なのだろう。
子供たちに害が出ないと良いのだけれど。


ゼフォンを懺悔室の小さな扉に放り込んで、自分はその隣の扉を勢いよく開ける。
ドアが長椅子にぶつかってちょっと崩れた、けど気にしない。
壇上にあった十字架の置物を引っつかんで、息巻いて懺悔室に乗り込む。
今日こそ、今日こそ洗いざらい吐かせてやる。

「一晩中何してたのよ。ってゆうか、だいたい見当つくけど」
「まさか。明け方まで無理させる訳がないでしょう」
「ああそう明け方には終わってたのね?」
「ええ、一応外は暗かったですよ」
「で、外が暗い時間に何してたっていうの、あたしの大事な神父様に」
「いけませんね。シェラは誰のものでもありませんよ」
「そーゆーあんたは名前で呼んでるじゃないの。失礼よ」
「失礼って、誰に失礼なんです?」
「誰って、神父様に決まってるでしょ・・・ってそうじゃなくて!話逸らさないでくれる?」
「短気なご婦人は嫌われますよ、ミス・リリーローズ」
「もうすでに手遅れよ。いいから夜中に、神父様と、何してたか、話しなさいっ!」
一言ごとに容赦なく打ち下ろされる十字架の、台座の部分が木製の棚に突き刺さる。どうにもならない傷跡がいくつもできた。
神父様ごめんなさい。

・・・て酔っ払いか、あたしは。奉公先のおばさんを思い出す。
昔だったらどうしたかな。神父様に何かあった時、うん、やっぱり怒って手当たりしだいがんがん打ち付けたかな。
だって、神父様が。
「それほどあの人間を好いているのなら」
ペンキの剥げた格子窓の向こう
どうでもよさそうな口調で、得体の知れないモノがささやいた

「自分のものにしてしまえば良いのでは?」

一体こいつ、何を言い出したの
「ねぇ、頭大丈夫?」
「ほんとに失敬な娘ですね。あなたこそ、考えて動いているとは思えない」
「考えて?」
「神父様は聖人君子ではありませんから、何にでも耐えられる訳がない」
そりゃそうよ、つらい事もあるし、愚痴だってたまに、おなかだって空くし。
体調が悪ければ倒れるし、この前だって朝帰りして、
大体この男に勝手にされてるんだから仕方が無いって

欲、色欲。
「・・・・・・神父様が」
「どうやら、頭は、使っているようですね」
面白い事なんて無いのに、あちら側で密やかな笑い声
「あたしに、神父様を誘惑しろって言ってるの?」
「御名答。
 まさか当たるとは思ってなかったので、景品はありませんが」

「・・・・・・」
「どうしました?」
どうもこうも無いわよ
神父様とはぜんぜん違う、穏やかな、魔性の笑みがこっちを見ている
こいつは
「躊躇う理由があるなら別ですがね」
この男は悪魔だ。


「ねぇ」
「なんです?謀略でも貸しましょうか」
「いらないわ」
「それは残念。いつでも相談に乗りますよ」
「頭は貸してほしいけど」
神父様、ごめんなさい。
「・・・目の前にあるじゃないですか」
人を喰ったような、実際喰ったかもしれない口と哂いと
うすっぺらい格子窓を睨む

神父様、ごめんなさい。
静かに十字架の台座を振りかざす
「ほら」
振り下ろす


一瞬だった。
木のくだける音が教会に響いて、
格子と一緒に黒髪の男が崩れ落ちる

そして、
全ての音を打ち消す、天使の声が懺悔室を覆った。
たった1小節の
聞いたことも無い、聖なる歌が届く


「やれやれ、昨晩頑張った甲斐がありました」
濛々と散るホコリにむせながら、神父様はリリーがいるほうの懺悔室の扉を開けてくれた
助けに来てくれた。
それだけで、見えてるものが潤んで溶ける

朝の光がまぶしい。もうこんな時間だったのに、
色々ほったらかして、
神父様、ごめんなさい
たくさん、ごめんなさい
ごめんなさい
「っ、・・・う、あのっ」
しゃっくりの時みたいに喉が鳴る
小さい時に戻ってしまったみたいだ
泣き止まなきゃいけないのに

「いいんですよ。もう、おさまったでしょう?」
何が、とは聞かないで
ただ、優しく認めてくれる
ホコリをかぶった赤い髪をゆっくりと梳いてくれる手は温かくて
よしよし、って撫でてくれる手はずっと前から変わらなくて
「神父様ぁ、あのっ、・・・・・・・・・ごめんなさいぃー」
びえええええええ、と手放しで泣き出す娘に困った顔をしながら、小さな孤児院の神父は、優しい目で笑った。




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